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イジメ、不登校についてあなたは、どう思いますか?

私は、中学時代に、壮絶なイジメに遭いました。一学年(35×5)の3分の1の人数からの集団リンチでした。死にたい。死にたい。と、毎日思っていました。そんな時に、母から、「学校、転校してみない?」と、いう神様からとも言える言葉がありました。「あっ、僕って死ななくてもいいんだ。」と、気付きました。転校したクラスには、自閉症の子、躁鬱病で悩んでいる子、身体障害者の子、イジメられて心が傷付いた子・・・。様々な子達がいました。その中は、楽園でした。毎日授業は、ない。公園にピクニックに行ったり、動物園に行って動物と触れ合ったり、毎日、将棋やジェンガー、トランプなどをしていました。しかし、このままじゃいけないと思い、通常学級に戻り、1年間勉強をしました。3年生の春、このままでは、僕の人生は、負け組ではないか?と思い、一年発起して、前にいた中学に戻りました。しかし、そのクラスは、針の筵でした。要は、先生達からの集団リンチを喰らった訳です。私は、必死に耐え抜きました。そして、倍率が2倍近くある農業高校に、受かりました。この時の人生を変える為に、必死で勉学に励んだ日々を私は、忘れません。明日にでも、死にそうだけど、まだ夢と希望のある子達へ。私は、今、心のカウンセラーのお仕事をさせてもらっています。私の君たちへの答えは、「学校を転校しよう。」、「いつからでも、勉強は出来るよ。」、だから、「映画ビリギャルをTUTAYAで借りよう。」、「この世にダメな人間なんて1人もいない。」、「君は、死ぬ必要は無いんだよ。」、「だから、毎日、おもいっきり遊ぼう。」これが、答えです。そして、大切なお子様がいらしゃる掛け替えのない、お父様、お母様へ。イジメられている子達は、自分の口から、「イジメられてるとは、言えません。」だから、「この子最近変だな。」と気付いたら、お父様、お母様から、お子様へ聞いてみて下さい。「最近、学校楽しいかい?」って。「うーん。」と、お子様が言ったなら、「もしかしたら、この子イジメられているのではないか?」と、疑ってみて下さい。そして、「学校を変えたいんだ。」という答えが出たならば、すぐに、転校させてあげて下さい。あと、勉強では、とやかく言わないで下さい。自ら、「勉強したいな。」と、思わない事には、何も変わりません。大事なのは、一緒にずっとそばに居てあげること。そして、毎日、お話を聞いてあげて下さい。イジメられっ子達は、心が優しすぎる子達ばかりです。そして、常に、イエスマン。これが、お子様の御心をケチョンケチョンにします。だから、毎日10分でいいので、親身になってお子様のお話しを聞いてあげて下さい。それだけで、その子は、救われます。明日、死ななくなります。だって、必ず守ってくれる人が傍にいるのだから。

How do you think about bullying,school refusal?

By Rapan
I encountered fierce bullying for the junior high school era.It was the group beating from a one-third number of people of the first grade(35*5).I thought every day,”I want to die.I want to die.”In such a case,from my mother,”Do you try to change school?”It has an oracle from saying God,”I don’t need to die.”I noticed that.In the class which changed school,there were a child of the autism,a child of the manic-depressive psychosis,the child of the person with a physical disability,tormented boys.There were various boys.The inside was paradise.There isn’t a class every day.I went to the park for a picnic and I went to the zoo and came in contact with an animal and did Japanese chess,Jenga and cards every day.I came back to the regular class.In spring of the third grader,I thought that I’m life loser in this situation.I came back to the junior high school to go before.After thinking hard.It’s the reason that got the group bullying from teachers.I kept on enduring it desperately.And I passed the agricultural high school where magnification was nealy 2 times.I don’t forget the days when I worked hard at study desperately to change the life of this time.To boys and girls who seem to die even tomorrow,but have dreams and hopes.I do the work of the counselor of the haart now.My answer to you “let’s change school in a school”.You can study even how long.Let’s borrow a movie in TUTAYA.The title is “Bili gyalu”.You don’t have to die. Therefore let’s play every day.This is an answer.And to father and mother who have importand children.The children who are bullied can’t say,”I’m bullied”.Therefore it’s strange this child these days. Please ask to children from father and mother.”Is a school fun recently?”If a child says “womm”,please doubt possibly may be tormented.And “I want to change a school”If answer was given,please let me change school immediately.And about studying,please don’t say you must study.Nothing changes without thinking to study by oneself.The most important one is being near and all the time together.Please listen to children’s saying every day.Bullied children are so kind.And they say yes every time. So children’s heart are wounded hard.So please to listen fatherly childrens saying only ten minutes.That’s only reason to save the children.They will not suicide tomorrow.Because,there is so important person near their.
Keep your smile.You can do it!
p.s. My English is so poor.So please send me easy English & easy Japanese sentence.

自己紹介

私は、中学1年生の春に、壮絶なイジメに遭いました。理由は、野球部の監督さんやコーチに気に入られ、中学3年生の練習に入れてもらったからです。クラスだけではなく、1学年全体からのイジメでした。そして、他校の情緒不安定学級に移りました。そこには、躁鬱病の子、自律神経失調症の子、ADHDの子、チック症の子、御身体が不自由な子・・・etc。様々な子達がいました。ちなみに、授業は、一切ありません。毎日、将棋をしたり、トランプをしたり、湖に飛び込んだり、魚とりをしたり、動物園で、動物と触れ合ったりしました。勉強は、塾にて5教科を補っていました。2年生の春、「このままでは、いけない。」と思った私は、他校の通常学級に戻りました。そこでは、イジメは、一切ありませんでした。こんなにも、学校で違うものなのだと感じました。3年生の春、私は、元々居た学校に戻る決断をしました。そして、また、イジメに遭いました。中学1年の頃に、私に対してイジメていた人達が、全員いました。要は、学校側から、イジメに遭ったのです。しかし、私は、耐え抜きました。そして、倍率倍近い農業高校に受かりました。そこから、専門学校と大学に行きました。しかし、勉強と仕事のし過ぎで、躁鬱病を発症しました。そこで、臨床心理士の先生や、NLPについて出逢い、今のお仕事をするきっかけになりました。

Hartest-Rapan設立の趣旨

「一人でも、多くの子達が、幸せを感じられる世の中になって欲しいという思いから、Heartest Rapan を設立しようと決意致しました。」